「いい人だと思われたい」という呪い
これは過去の僕の講座のスタイルです
質問があれば全て答える
予定の時刻を過ぎてもまだ話す
せっかく来てくれたんだから
少しでも多く持って帰ってほしい
本気でそう思って講座を開催しています
受講者の行動を喚起しようと
サービスのつもりだったんです
でも今振り返ると
それだけではありませんでした
僕はたぶん
いい人だと思われたかった
だから予定を過ぎても話していた
質問にも全部答えていた
本来のサービスに入っていないことまで
「今回だけ」と引き受けていた
ここにマズい部分があって
一度増やしたサービスは次からの基準になるんです
この記事はこんな人におすすめです
頼まれると「今回だけなら」と引き受けてしまう
本当は断りたいのに「前はやってくれた」と言われるのが怖い
サービスで少し多めにやったことが いつの間にか「当たり前」になっている
相手に嫌われるより「いい人じゃないと思われること」が怖い
自分ばかり頑張っている気がするのに なかなかやめられない
人に優しくしたいけれど このままでは自分が持たないと感じている
もし一つでも当てはまるなら
この話はきっと あなたのためのものです
僕自身も
「相手のため」と思いながら
いつの間にか自分を苦しくしていました
この記事では
なぜ僕たちは与えすぎてしまうのか
優しさを捨てずに どこで線を引けばいいのか
僕自身の失敗と
そこから考えたことを書いていきます
前はやってくれたじゃないですか
こう言われると断りにくくなりませんか
「今回はここまでです」
そう伝えたいのにでも前はやったしな
と自分の中でブレーキがかかる
僕も昔はこの感覚がよく分かっていませんでした
100を120にすると 120が普通になる
最初は100だったものを
ある日120渡したとします
こちらからすると
20は特別なサービスです
その120を何度か受け取ると
相手にとっての基準は120になります
そこで100に戻したらどうなるか
こちらからすれば
最初の状態に戻っただけです
でも相手からすると
「前より20減った」になる
何も約束を破っていないのに
評価だけが下がってしまう
これが与えすぎる怖さです
もっと厄介なのはここからで
相手の中だけではなく
自分の中にも基準ができる
120を渡せる人
頼まれたら応える人
面倒見のいい人
そんな自分のイメージが少しずつできていく
すると次に頼まれたとき
「今回は無理です」と言うことが難しくなる
なぜなら相手に断るだけではなく
昨日までの自分を裏切ることになるからです
「嫌われるのが怖い」だけではなかった
断れない人は
「相手に嫌われるのが怖い」と思っていることが多い
もちろんそれもあると思いますが
自分がいい人ではなくなることが怖い
というのが心理的に大きいんです
私はいい人でいたい
だから誰かにお願いされたとき
断ろうとすると
自分の中からも声が聞こえてくる
前はやったよね
いつも助けてきたよね
今回だけ断るの
そんな人だったっけ
相手に嫌われることより
自分が思っていた自分と違う人になること
のほうが苦しいことがあるんです
「嫌われる勇気を持とう」
なんて言われてもなかなか断れない理由はこれです
相手を責めても解決しない
大事なのは相手が悪いというわけではないということ
あなたが最初に渡したものが
その人にとっての「普通」になっただけ
最初は特別だった120がいつの間にか普通になる
だから100に戻すと「減らされた」と感じる
相手からするとそれだけのことです
「あの人は図々しい」と相手を責めても
噛み合わないのはそういうこと
変えるべきなのは相手の性格ではなく
これから自分がどこまで渡すのか
になってきます
いい人をやめればいいのか
人に親切にすること
誰かのために動くこと
できるだけ力になろうとすること
そういう気持ちは大事にしてください
問題なのは
優しさと 無制限に与えることを同じにしてしまうこと
ここは分けていい
見返りを求めないことと
際限なく与えることは別です
相手のためを思うことと
自分を削り続けることも別です
喜んでもらいたいと思うことと
喜ばせ続けなければならないと思うことも別です
僕は昔 この違いが分かっていませんでした
与えすぎることは 相手のためにもならない
与えすぎると
相手にも負担をかけることがあります
たとえば
こちらは「もう少し説明してあげよう」と思っていても
相手にはそのあとに予定があるかもしれない
長く話せば話すほど
親切になるとは限りません
全部こちらがやってあげれば
その瞬間は喜ばれるかもしれない
でもそれが続けば
相手が自分で考える機会まで奪ってしまうことがある
僕が一番大きいと思っているのが
続けられなくなることです
本当は100までしか無理だった
それでも喜んでもらいたくて
120を渡し続ける
そうするといつか限界が来る
そしてある日100に戻す
そのとき相手から
「前はもっとやってくれたのに」と言われる
変わったのは相手ではありません
最初から無理をしていた自分が
無理をやめただけです
続けられないほど与えることは
本当に相手のためなんだろうか
一回だけ120を渡すより
100を無理なく何度も渡せるほうが
長い目で見れば相手に届くものは多くなる
だったら最初から続けられる量を
決めておくほうがいいのではないか
「断る」より「決めておく」
時間がたつほど断るのが難しくなるなら
最初から線を引いておくことです
始まってから「今日はここまでで……」と言うより
最初に「今日はここまでにしますね」と伝えておく
仕事なら「この件はここまでお受けできます」
と最初に範囲を見せておく
相手を拒絶しているわけではありません
お互いが安心して進められる範囲を決めているだけです
そのほうがむしろ信頼されます
毎回対応が変わる人より
「この人はここまでやってくれる」
と分かる人のほうが仕事は任せやすいんです
優しさを捨てなくていい
優しい人が優しくなくなる必要ありません
誰かのために動きたい
喜んでもらいたい
できるだけ力になりたい
その思いはそのままでいて下さい
心は開いたまま量だけ決めていい
見返りを求めないのは心の話
線を引くのは量の話です
そして量を決めることは
自分を守るためだけではありません
相手の時間を守るためでもある
相手が自分で考える余白を守るためでもある
そして何より
長く与え続けるためでもある
今現在 断れない自分がいるとしたら
改めて考えてみてください
私は本当に相手に嫌われるのが怖いんだろうか
「いい人でいたい自分」を壊すのが怖いんだろうか
優しさを捨てなくていい
与えることをやめなくていい
優しさが続く形に変えていけばいい
僕はそれくらいでちょうどいいと思っています
まとめ
与えすぎてしまうのはあなたが優しすぎるからかもしれません
でも優しさと「無制限に応えること」は同じではありません
最初に120を渡してしまえば
それが相手にとっての普通になることがあります
そして120を続けられなくなったとき
「前はやってくれたのに」と言われる
だから大切なのは断る勇気だけではなく
最初から無理なく続けられる量を決めておくこと
心は開いたまま量だけ決める
それは冷たくなることではありません
自分も相手も無理なく付き合い続けるための線引きです
優しさを捨てなくていい
与えることをやめなくていい
優しさが続く形に変えるために何をすべきか
この機会に考えてみてください
もっと深く学びたい方へ
「なぜ断れなくなるのか」
「いい人をやめずにどう線を引くのか」
「相手との関係を壊さずにNOを伝えるにはどうすればいいのか」
同じ内容をうちの犬「ゆきち」と僕の掛け合いで解説しています
文章より耳から入れたい方はこちらへ
「自分でも変わりたいけれどひとりではなかなか実践できない」
という方には僕の講座でもこのテーマを含めて
人との関わり方や自分をすり減らさずに行動するための考え方をお伝えしています
読むだけで終わらせず
これからの人間関係や仕事で実際に使えるようになりたい方へ
講座について詳しく知りたい方はこちらをご覧ください
▼ 講座の詳細はこちら
無理に優しくならなくていい
自分を守りながらそれでも人に優しくできる形
一緒に考えていきましょう




